Report File:2014.11
留学や海外での活動に興味はあるけど、何がしたいのか、何ができるのか、そして言葉はどのくらい話せればよいのか、など様々な疑問を抱えている方も多いと思います。国際センターが月に1回開催している「ランチトーク」は、昼食を片手に、身近な先輩や卒業生たちの海外体験に触れ、成功や失敗、驚きや発見などのリアルな言葉から、海外で活動するために必要な“何か”を見つけるきっかけの場です。
10月10日に行われたランチトークは、今年の夏にシンガポールの本学協定校のラサール・カレッジ・オブ・アートで開催されたアートプログラム「トロピカル・ラボ」に参加した、大学院・油絵コース2年の石黒ゆかりさんをスピーカーに迎え行われました。タイトルは「英語の話せない石黒がシンガポールの3週間のアートプログラムに参加して言語の壁を登ってみた」。
昼休みの30分という時間の中で、英語は中学生レベルと言う石黒さんが、プログラム参加までの英語資料の作成に関する苦労話から、現地で出会った世界各地のアーティスト、そして制作から発表までの約3週間の滞在記をとても明るくお話しされました。ランチトークの後、石黒さんに詳しくお話しを伺いました。
「旅するムサビ」から「トロピカル・ラボ」へ
Q ランチトークでは、自己紹介として「旅するムサビプロジェクト」での活動についてお話しされていましたが、「トロピカル・ラボ」の話も、ちょうどその活動中に届いたそうですね。
石黒 「旅するムサビ」は学校の課外活動になるのですが、小・中学校や高校で作品の展示や制作をしたり、美術館の教育普及をお手伝いしたり、美術を通じてコミュニケーションをはかるようなプロジェクトです。今年からは地域の中での活動も始まり、最初に「トロピカル・ラボ」の話を頂いた時は、長野で視察をしている最中で、突然、丸山(直文)先生から電話がかかってきました。「私、何かしたかな!?」って(笑)。
Q 普段とは異なる環境で作品を通じてコミュニケーションをするというのは、今回参加された「トロピカル・ラボ」も同じですね。
石黒 国内か海外かという違いですね。「旅するムサビ」に参加することで、いろんな所に行きたいという思いは強くなりました。ランチトークでは話さなかったのですが、2012年に「旅するムサビ」で上海に行きました(注:国際交流プロジェクトの一環)。その時は教員、学生20名ほどで行ったのですが、そこで14~19歳の中国の方たちと交流して、英語と漢字、それと身振り手振りで会話をして、こちらの思いが伝わった時に喜びがありました。
Q アトリエにある石黒さんの作品も拝見すると、鮮やかな色使いの抽象的な作品が多いように思いますが、上海ではどのように受け入れられたのですか?
石黒 子どもが描いたとても楽しそうな絵だねって(笑)。でも、自分としては作品に軽やかさを出したかったので、そう言ってもらい嬉しかったです。中国の人の作品は、きっちりと描写している人が多かったので、こういう表現もあるということが伝えられたような気がしています。一緒に行ったムサビの学生の中に、わざと人物を崩した描き方をしている作品があったのですが、形がおかしいという声もあって(笑)。それに対して説明をするとびっくりしているような感じでしたね。
“自分”を再認識したシンガポール
Q カルチャー・ショックというと大袈裟かもしれませんが、そういう刺激的な経験が、今回の「トロピカル・ラボ」への参加を後押ししたのでしょうか?
石黒 上海の時はムサビの学生も多く、通訳もいましたから、「トロピカル・ラボ」の話を頂いた時は悩みました。やはり言語のことが頭にあったので。でも、実際にシンガポール行きが決まるのは受け入れ先のラサールの選考を経てからなので、宝くじを買うようなつもりでエントリーしてみました(笑)。軽い気持ちだったはずが、ラサールへ送る英語のプレゼンテーションとCV(履歴書)がとても大変で(笑)。英語は話せないけど、熱意だけは伝わればと思って作りましたね。
Q ランチトークでは英語の資料作りに奮闘された様子をお話しされていましたね。現地では英語での会話だったそうですが、事前に準備はされましたか?
石黒 プログラムの2日目に自己紹介のプレゼンがあることを知って、どうしよう、どうしようってあたふたしていました。その時に助けて頂いたのが、油絵学科のアート・コミュニケーション・ゼミの講師でいらしていた遊工房の方たちでした。遊工房は荻窪にあるアートスペースですが、海外のアーティストが滞在し、制作などもされています。ゼミで、そのアーティストのプレゼンを聞いたり、私もそこで英語のプレゼンを練習したりしました。みんなからダメ出しを受けまくりましたが(笑)。あと、ラサールと交流のある日本のアーティストも遊工房にいて、その方にもシンガポールに関する情報を教えてもらいました。
Q 参加された「トロピカル・ラボ」は、どのようなプログラムなのですか?
石黒 シンガポールのラサールが主催するプログラムで、今回で8回目になります。ムサビは今年が始めての参加になりますが、イングランド、アメリカ、カナダ、オーストラリア、スペイン、スイス、ドイツ、モンゴル、インドネシア、タイ、シンガポール、中国の美術大学から私を含めて24名が集まり、日本からは私のほかにムサビの方が1名と名古屋学芸大学から2名が参加しています。毎年テーマがあり、今年は「Port of Call(寄港)」でした。7月24日から8月8日までの2週間のプログラムで、シンガポールについて学びながら、そこで見聞きしたもので作品を制作、展示しました。
Q 実際に現地ではどのような日々でしたか?
石黒 毎日イベントがあって、制作は2週間中3日くらいでした。昼間は離島や歴史ツアーなど観光をしながら、シンガポールの文化に触れました。ヒンドゥー教、シーク教、イスラム教、仏教など宗教も多様なので寺社めぐりも多かったですね。夜はラサールの学長や教授のご自宅でディナーを頂きながら、ご自身の作品を見せてもらい、シンガポールの著名な方の自宅ではプールにも入らせて頂きました(笑)。
Q 石黒さんにとってシンガポールの暮らしや文化はどのように映りましたか?
石黒 かなり刺激になりました。行く前は、観光地くらいのイメージしかなくて、いろんな文化があることや、それがまだ新しいということは向こうに行って驚きました。歴史や文化を作ろうとしている姿勢が見えて、前衛的な面もあれば、キッチュな面もあり、汚い所もきれいな所もあって、そういうのが総じて嫌じゃなくて、心地よかったです。アジアの色がもともと好きで、シンガポールは他の東南アジアの国に比べると派手というイメージはありませんでしたが、実際はすごく派手で色から受ける刺激が強かったです。
Q 発見や驚きを制作へと結びつけるような意識は常にありましたか? 最終的には絵画の作品を発表されていましたが。
石黒 そこまで考えずに、自然に出るものを表現したいと思っていました。自分が信じているものや引っかかっているものが出るだろうと。実際には、いつもと違うのは画材だけじゃなくて、描く時の気持ちも違いました。描き上がった時に“自分の作品”という感じが強かった。大学院に入ってから、それまでのスタイルを変えて制作していたのですが、自分の根底にあるものがシンガポールで再認識できました。現地の方の反応もよくて、プレゼンした時の作品とは系統が違うものができましたが、「場所が変わればそうなるでしょ」と受け入れられた感じもありましたし、展示のキュレーターと制作途中に話をした時、私の作品の色や大きさが特徴的だから、「こういう展示風景が思い浮かぶ」と言われたものが、ちょうど私が以前やった展示方法と同じで嬉しかったですね。
言語も制作も次のステップへ
Q 違う国の参加者たちもそれぞれ制作していたと思いますが、そういう環境の違いはどうでしたか?
石黒 時間の流れが違いました。3週間、いろんなことがありましたが、時間の流れはゆるやかに感じられて、心地よかったですね。それぞれ作っているものも違うのですが、共感できるというか、感じているものや疑問に思っている部分が共通していたり、「すごい!」と感じことも同じだったり。もちろんアジアとヨーロッパで感覚の違いも見えました。
Q 今回のランチトークでは言語の壁というタイトルが付きましたが、帰国されて語学について思うことはありましたか?
石黒 やっぱり英語が話せたらって改めて思いました。感謝の言葉がひとつしか言えないというのが辛くて。みんなに対してこんなに感謝の思いがあるのに言えないというもどかしさ。日本で英語を学んでいても、何か思いを伝えたいという状況にはならないし、語学は伝えることが大切だと思いました。
Q 「トロピカル・ラボ」終了後も、ルームメイトだった中国のユナさんやシンガポールの学生の方との交流が続いているそうですね。
石黒 行く前に考えていたのが、次につなげたいということでした。2週間で何ができるかは分からなかったのですが、ターニングポイントになる確信があって。制作面では次へのステップにするつながりを得ること。あと、上海に行った時は、友達も出来たのですが、だんだんと疎遠になってしまいました。今回は世界中から人が集まるので、世界のことが知りたいと思いましたし、人とのつながりを次に活かしたいと考えていました。今は、中国のユナと一緒に展示をしようって話しています。
知らないことは、これから知ればよい。出来ないことは、これから出来るようになればよい。石黒さんがランチトークのまとめとしてお話しされたことは、楽観的なようで、異文化や言語など様々な不安の中にいた彼女の成長を伝えるものでした。また、海外へ留学したいけど……と思い悩んでいる方にとっては、背中を押してくれるような言葉になったかもしれません。ランチトークは、スピーカーの海外体験を凝縮して聞ける場です。今後も様々なラインナップが予定されているので、スケジュールを確認してみてください。
ライブキャンパスを通じて今回のランチトークを知り、外国での活動に興味があったので初めて参加しました。私も英語などの言語に不安がありますが、今日のように身近な先輩ががんばっている姿を見て、行ってみたいという気持ちが強くなりました。