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Report File:2018.11

05|11月24日(日)文部科学省グローバル人材育成推進事業採択校(東日本第2ブロック)イベント 会場:お茶の水女子大学「グローバル人材育成フォーラム」

2017年より始まったロシア・サンクトペテルブルグ芸術アカデミーとの交流。2018年2月から4月までサンクトペテルブルクとモスクワを巡回した日露の若者による美術展覧会『克服』への出展、そして展覧会期にあわせての学生団訪露、教員間交流に続き、2018年10月には、サンクトペテルブルグ芸術アカデミーの学生6名を受け入れ、本学学生との交流プログラムを開催しました*。5日間の交流プログラムを企画した高浜利也教授(油絵学科版画専攻)によるレポートを公開します。

*この交流プログラムは訪露プログラムと同じく、日露青年交流センター主催「日露青年交流プログラム(招聘)」として開催しました。

美術とサブカルチャーの交差点「浮世絵」を軸に

今回のロシア・サンクトペテルブルグ芸術アカデミー学生の受け入れスケジュールを組むにあたり、その起点を浮世絵に定めました。ロシアの美大生は日本文化に最初に触れるきっかけとして、マンガやアニメ、ファッションなどのサブカルチャーを挙げる者が少なくなく、私が2月のロシア滞在中に日本で行ってみたい場所を聞くと、美術館などと並んで原宿や秋葉原などの声が多く聞かれました。一方で、サンクトペテルブルグ芸術アカデミーの図書館コレクションで見た江戸後期から明治初期につくられたと思われる大量の浮世絵や新版画などの存在は、いわゆる版画が日本の伝統的なビジュアル表現としてロシアの多くの人々に認知されていることを如実に示していました。浮世絵とサブカルチャー。ロシアの美術を学ぶ若者たちに実体験としてこれらの新旧のビジュアル表現に触れてもらうことで、近現代の日本美術の在り方、成り立ちの一端を短期間に垣間見てもらうことが可能ではないかと考えました。
このプログラムは、単なる研修ではなく日露学生間の交流が大きな目的ということ踏まえて、今回のすべてのスケジュールにはすべてロシア人学生と同数程度(6~7人)の日本人学生が付き添い、作品制作、あるいは鑑賞をベースに行動をともにしながら交流を深めていくことを基本に立案しました。また、受け入れ側である本学からの交流事業参加学生を募るにあたって、ファインアート、デザイン系全学科に募集アナウンスし、出来るだけ多くの学科専攻の学生が関われるように配慮しました。

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浅草見学・フィールドワーク

名作鑑賞、「江戸」散策から実体験へ

初日には、表参道近くにある太田記念美術館で開催中の歌川広重展を鑑賞し、良質の浮世絵に数多く触れることでその基本的な成り立ちやテクスチャーの理解を促すことから始めました。見学後、実際に見た浮世絵のモチーフとしての浅草、隅田川界隈の風景の中に身を置き、散策しながらスケッチしたことで、その構図や物語性に実感として入り込めたようです。
続いて2日目、本学の大学院版画工房で、初日に触れた浮世絵の制作(バレンづくりと摺り)を実際に体験するワークショップを実施。半日という短時間でしたが、本格的なバレンを各自、完成させたのち、実際に本学大学院生が予め彫り上げた『神奈川沖浪裏』(葛飾北斎)の模刻版木を用いて浮世絵(水性木版画)の摺りを実体験してもらいました(バレンとともに和紙に刷り上げた浮世絵[主版]は各自、ロシアへ持ち帰えられるようにしました)。午後からはキャンパスツアーと称して、ファイン系を中心に各学科のアトリエ見学。同時に美術館・図書館に依頼して閲覧室に準備してもらっていた浮世絵やその関連表現コレクションを手に取って鑑賞。本学コレクションの中でも『立版古』(たてばんこ)や『北斎漫画』などの貴重図書に直接、触れながら鑑賞できたことは本学学生でもなかなかない機会であり、とても幸運であったように思います。

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ワークショップ:バレンづくり浮世絵(水性木版画)摺り体験
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武蔵野美術大学美術館・図書館収蔵品閲覧:『北斎漫画』

伝統からモダン、コンテンポラリーまで

3日目の午前は竹橋の東京国立近代美術館で日本の近現代美術コレクションを中心に担当学芸員の解説を聞きながら見学(同時開催の企画展示『アジアにめざめたら』は各自で見学)。午後からは六本木の森美術館に移動し、『カタストロフと美術のちから展』を鑑賞。ここでも担当学芸員の解説で大掛かりなインスタレーションをはじめとする国内外の現代美術作品に触れてもらいました。前日の伝統的な浮世絵から一転してコンテンポラリー、(あるいは近代)にシフトしたことで、伝統と現代が複雑に混在しながら風景をつくり上げている東京という都市の構造をリアルに感じることが出来たのではないでしょうか。

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美術館見学:東京国立近代美術館『常設展』/森美術館『カタストロフと美術のちから展』

はじめてのシルクスクリーン

4日目は再び、武蔵野美術大学に戻り午前、午後を通してシルクスクリーン制作のワークショップを実施。これは私が2月のロシア訪問時にサンクトペテルブルグ芸術アカデミーにはシルクスクリーンのカリキュラムが無く、大学としても強い興味を持っているという話を聞き及んだことが立案のきっかけとなっています。シルクスクリーン制作には多くの設備や機器備品を要し、その制作プロセスも複雑です。せっかくの機会なので、本学の設備を使って初めての体験としてシルクスクリーンを制作してもらう意図がありました。もともとアカデミーの上級学年に在籍している学生たちだったので(グラフィックアート専攻4名、油絵専攻1名、彫刻専攻1名)、なるほど、呑み込みが早いのです。高レベルの造形力を有している選りすぐりの学生たちが、すぐに技法をマスターし、かなり完成度の高い作品をつくり上げたことは、期待を大きく上回るものでした。
今回のワークショップを企画するにあたって本学学部生、大学院生を問わず、できるだけ多くのシルクスクリーン専攻の学生に声掛けし、協力を仰ぎました。そして、事前に綿密な準備をして臨んだワークショップの結果には、大きな手ごたえを感じています。

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ワークショップ:シルクスクリーン制作

サブカルチャーの集積地・原宿へ

最終日は午前中、原宿を中心にサブカルチャー・リサーチを学生主導で実施。このスケジュールの企画立案には2月にサンクトペテルブルグに訪問した本学学生たちがあたりました。マンガやアニメ、ファッションなど、日本発の文化が世界の若者たちに支持され、大きな影響を与えていることは周知の事実ですが、そのことはアートシーンにおいても例外ではないと言えるでしょう。その源流にあるビジュアル表現としての浮世絵については今回の滞在でも多くを体験してもらいましたが、系譜に連なるサブカルチャーをリサーチし、直接触れることで、日本の現代美術シーンの背景をより多面的に理解することが可能となると考えました。そこで、この最終日の半日は、若者文化の集積地である原宿エリアを同世代の日露の若者たちが共同でリサーチしながら、リアルな表現テーマ、素材を採集し、ディスカッションすることで新しい世代の表現の可能性を探ることを目的としました。夕方からは六本木にある本学のデザイン・ラウンジに場所を移し、学生たちによるプレゼンテーションを実施。最後にサンクトペテルブルグ芸術アカデミーのセミヨン・ミハイロフスキー学長によるプレゼンテーションののち、フェアウェルパーティーで今回の交流事業を締めくくりました。

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原宿フィールドワーク

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プレゼンテーション

一緒に作品をつくること、作品を見せ合うこと

2月の本学学生のロシア訪問からの次なるステップとして、今回、ロシア人学生を受け入れ、双方向の交流事業を実施したことで、お互いより深い理解が得られたことは言うまでもないですが、ものをつくる学生たちにとって一番の交流は、一緒に作品をつくること、そしてお互いの作品を見せ合うこと、これに尽きるということを痛切に実感しました。事実、ロシアにおける『克服』展の際は、展覧会会場のマネージでそれぞれ参加者が自分の作品を前に、そのステートメントを語り、みんなが聞くことで一瞬にしてその目的は達せられていました。それは今回も同様でした。お互いの思いを語り、表現したいことを汲み取り、理解すること。そこに多くのことばは必要とされないようです。作品がすべてを語ってくれるとも言っていいでしょう。サンクトペテルブルク芸術アカデミーとのプログラムの企画・実施をつうじて、美術を学ぶ学生間の交流は予想以上に多くの実りをもたらすことは間違いないと確信しました。

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