Report File:2017.04
大学院造形研究科修士課程美術専攻の戸井李名さん(油絵コース)と細井えみかさん(彫刻コース)のおふたりが、2016年7月から8月にかけてシンガポールで行われた国際アートキャンプ「Tropical Lab(トロピカル・ラボ)」に参加しました。世界の主要な美術大学の学生が集い、滞在制作と展示発表を行う国際アートキャンプで、おふたりはどんな気付きを得たのでしょう。現地での体験を対談形式で語っていただきました。
Tropical Lab(トロピカル・ラボ)
本学協定校である、ラサール・カレッジ・オブ・アートのシニアフェローMilenko Prvackiの発案で2005年に始まった国際アートキャンププログラム。世界中の様々な美術大学から20名以上の学生を集めたこのプログラムでは、約2週間という期間中にワークショップや講演会、セミナーが行われ、参加者の見聞を広げるとともに、滞在制作と展示発表、ディスカッションや共同作業を通じてお互いの思考を刺激します。
http://www.lasalle.edu.sg/research/lasalle-labs-centres-networks/tropical-lab/
Tropical Lab 10: Fictive Dreams(紹介動画)
http://www.lasalle.edu.sg/events/tropical-lab-10-fictive-dreams/
ラサール・カレッジ・オブ・アート(シンガポール)*2013年交流協定締結
http://www.lasalle.edu.sg/
Q お二人が参加された「トロピカル・ラボ」とは、どんな国際プログラムですか?
細井 シンガポールのラサール・カレッジ・オブ・アート(以下、ラサール)が主催し、世界中の美術大学から学生を集めて、制作、展示を行う国際アートキャンプです。今回で10回目になるそうです。
戸井 今回参加した学生は全部で28名。シンガポール、アメリカ、スイス、イギリス、香港、インドネシア、ニュージーランド、モンゴル、オーストラリア、タイ、セルビア、そして日本と、国や地域もさまざまでした。
細井 期間は約2週間で、前半はシンガポールを知るためのツアーが組まれ、その経験をもとに残りの期間で制作し、大学のギャラリーを借りて展示を行いました。
Q 参加のきっかけを教えてください。
戸井 私は油絵コースの教授から話を聞いて、シンガポールには行ったことがないし、いろんな国の人が集まるところにも惹かれました。でも、英語が得意ではないのでどうしようかと迷っていたら、教授から「大丈夫だよ」と背中を押してもらい、行ってみなければわからないこともたくさんあるから参加してみよう、と。
細井 私も「いい機会だから行ってみれば?」と教授に勧めてもらいました。将来は海外のアーティスト・イン・レジデンスに参加しようと思っていましたし、私の出身がバンコクなので、シンガポールなら同じ東南アジアで親近感もある。だから、今回はちょうど良い機会でした。
細井さん(左)、戸井さん(右)
Q 事前にどんな準備を行いましたか?
細井 エントリーの際に自分の経歴書と参加理由を英語で書いて提出しました。シンガポールに着いてすぐ、自分について5分間で自由にプレゼンテーションするプログラムがあり、その準備が大変でしたね。
戸井 細井さんも私もスライドショーで作品を見せたのですが、英語でのプレゼンに必死だったことを覚えています……。
細井 でも、戸井さんは紹介した作品数が膨大で、会場のみんなが圧倒されていたよね(笑)
戸井 確かに「え……?」って雰囲気になっていたかも(笑)
細井 自己紹介が終わってからは、現地のギャラリーや美術館、観光地にも足を運びました。
戸井 マレー半島の突端に位置し、東京都23区とほぼ同じ大きさの小さな国ですが、世界有数のハブ機能を持ち、多民族で構成していることもあって、とてもエネルギッシュな印象でした。
細井 有名なマーライオンの周りは高層ビルが建ち並び、「シンガポールの夢と希望が集まっている」と現地の学生が話していましたが、メインストリートから一本路地を入ると、雑多な東南アジア感があって、私はそれが好きでした。先進国のようなイメージと、東南アジアの親しみやすさを兼ね備えていて「東南アジアのオアシス」と勝手に命名したくらいです(笑)。
Q 制作中のエピソードを教えてください。制作にあたって、何かテーマは設けられていましたか?
細井 比較的自由な制作だったと思います。今年の「トロピカル・ラボ」には“FICTIVE DREAMS”というサブタイトルが付けられていて、展覧会のタイトルにもなっていましたが、それをテーマに制作しなければいけないというわけでもありませんでした。
戸井 制作するメディアも参加者それぞれで、取材に出てほとんどアトリエに来ない人もいたよね。
細井 映像や写真で作品づくりをする人が多かったので、自室に籠もってパソコンで作業したり、外に素材を撮りに行ったりしていましたね。一方で、大学の工房を使って、木工や版画を制作する人もいました。
Q 作品のつくり方やアーティストとしてのあり方など、海外と日本の違いは感じましたか?
戸井 国によって制作スタンスがまったく違うところが新鮮でした。日本人がつくるものは繊細でクオリティは高いけれど、ほかの国の人は作品自体よりもコンセプトを重視していて、日本にいたら当たり前過ぎて気付けなかったことを再認識できましたね。ただ、そういうやり方が認められているから私も同じようにしようとか、逆にこのままでいいとか短絡的に考えるのではなく、世界で発表する上で自分の何を伸ばしていけばいいのか、日本人として生まれ育ってきた私自身の考えや、自分の作品を深く突き詰めていくきっかけになったと思っています。
細井 私は影響されやすい人間なので、自分が持っていたあらゆる感覚がすべてひっくり返されるような毎日でした。私が当たり前だと思っていたこと、例えば一定ラインまで作品のクオリティを持っていかないと恥ずかしくて見せられないという感覚も、彼らからしたら「それって日本人っぽいね」なんです。参加者のひとりは、画家として自国のメディアにも紹介されているような子でしたが、作品が未完成のままだったので話を聞くと、「時間が足りないからやめた」って。そんなことあるの!? って、びっくりしました。帰国後もそうしたショックを引きずって、制作に取りかかる前にどこか構えてしまっていたのですが、自分の原点を振り返ることで、少しずつラフな気持ちで制作ができるようになってきました。
(左)細井えみか “The Last Place” H2200xW800xD800mm
(右)戸井李名 “life I” H727×W606mm / “life II” H910×W606mm
Q では最後に、「トロピカル・ラボ」での経験をもとに、今後どのように活動していこうと考えていますか?
細井 シンガポールでは制作期間が短く、それまで制作にありったけの時間を使っていた自分にとっては良いトレーニングになりました。また、育った環境や言語の違う人と交わることは大きな意味を持つと身を以て感じたので、今後もアーティスト・イン・レジデンスなどに積極的に参加し、自分の蓄えにしていきたいと思っています。
戸井 さまざまな国のあり方や文化の違いに触れることで、日本について、自分の考え方やルーツについても再確認し、より深めることができました。その気付きを制作活動に生かすのはもちろん、言葉でのコミュニケーションがどれだけ大切かも実感できたので、語学の勉強にも力を入れていきたいです。